こんにちは。こっぺぱんです。今日は指輪の話について語ろうと思います。
体調を崩しかけていた頃、指輪を眺めていた
私は働いていた頃、体調を崩しかけていた。
仕事から帰ると、すぐ横になって10分ほど眠り、
それから夜ごはんを作る。そんな毎日だった。
その頃の私は、指輪をよくネットで検索していた。
30歳の節目に「何かちゃんとした指輪が欲しい」
と思ったのが始まりだったと思う。
でも、ブランドの指輪はどんどん値上がりしていく。
すぐに買う勇気はなくて、
まずは形が似ている指輪を買って試してみようと思った。
ダイヤモンドがついている指輪にも憧れていたが、
価格が高いので、お手頃なモアサナイトの指輪を購入した。
結局その後、本物のダイヤモンドの指輪が欲しくなり、
カラット数の少ないエタニティリングを購入した。
そうして私の指輪は少しずつ増えていった。
体調が悪い日は、部屋を真っ暗にして、
スマホのライトをつけて
モアサナイトやダイヤモンドの輝きを眺めていた。
「いつか自分も元気になって輝ける」
そんな気持ちを、指輪に重ねていたんだと思う。
今振り返ると、誰かに見せたかったのかもしれない。
見栄を張りたかったし、
「私は大丈夫」「私はすごい」と自分に言い聞かせたかった。
自信が欲しくて、指輪を買っていたんだと思う。
その後、仕事を休んでいた時期があった。
その頃も、指輪は増えていった。
買った指輪をつけて外に出るのは楽しかった。
気づけば指輪は10本になっていた
でも、気づけば指輪は10本。
「今日の服にはどれが合うかな」
「このネイルならこっち?」
そんなことを考える時間が、だんだんしんどくなってきた。
買う前が一番楽しい。
探している時間、購入ボタンを押した瞬間、届いた時がピーク。
そのあとは、喜びがどんどん薄れていく。
「あ、これドーパミンだな」
そんなふうにも思った。
たくさん持っていると、満たされる気もする。
でも同時に、管理する疲れも増えていく。
人は3つくらいまでしか把握できない、
という話を聞いて、妙に納得した。
1年で9本の指輪を手放した
私は結婚指輪と婚約指輪は別物として、それ以外の指輪をどうするか考えた。
使う頻度、つけ心地、気持ち。
ブランドに似た指輪は、
確かに疑似体験としては良かった。
でも、つけているうちに「本物じゃない」
という感覚が気になってきた。
どうせつけるなら、本物がいい。
そう思うようになった。
一方で、日常生活では指輪をつけっぱなしにするのが苦手な自分もいた。
家ではつけたくない。
人に会う時、少し気合を入れたい時だけでいい。
働かなくなって、
見栄を張る必要もなくなり、人と会う機会も減った。
指輪にかけていたお金が、
もったいなく感じるようにもなった。
結局、1年ほどで9本の指輪を手放した。
ダイヤは今でも好きだけれど、
エタニティリングは私の手には合わなかった。
つけ心地や、物を傷つけてしまいそうな感覚が気になった。
今、手元に残っているのは1本のリング
今、手元に残っているのは、
装飾のない、18金のシンプルなリングが1本だけ。
指輪のサイズを測るためにリングゲージまで買ったのに、
それも手放した。
あの頃あんなに悩んでいた時間は、何だったんだろうと思う。
でも、こんなふうに物と向き合った経験は、今までなかった。
多く持つ喜びも、減らす安心感も、どちらも知れた。
この指輪も、また手放すかもしれない。
ずっと使い続けるかどうかも、正直わからない。
指輪は指のサイズが変わればつけられなくなるし、
ネックレスやピアスとは違う存在だと思う。
それでも今は、この1本が、自分のお守りみたいな存在だ。
10本持っていた頃より、今の方が落ち着いている。
不思議だけど、これが今の私にはちょうどいい。
今日は、そんな話でした。


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